添付文書を題材に英訳トレーニングを始めたところ、勉強しなければならないテーマが次々に発生しました。
勉強ネタはてんこ盛りだというのに、なかなか手が回らない状況。
少しずつ山を崩しながら開拓していきます。
添付文書とは何かというと、医薬品の開発段階で得られた様々なデータに基づいて作成される文書で、医薬品の成分、効能・効果、用法・用量、使用上の注意、副作用などが記載されています。
医師や薬剤師が薬を処方したり調剤したりするための重要な情報が詰め込まれているのです。
薬物の分布容積とは?
薬物動態というと必ず登場するキーワードが吸収、分布、代謝、排泄です。
これまで私は、この4項目が何となく分かっていればよいだろう、と浅はかにも思っていました。
実際には、この4項目の理解も怪しかったわけですが。。
今回薬物動態についてきちんと学ぼうと思ったきっかけとなったのが、数日前の記事で引用したこちらの文章です。
トラスツズマブの血清中からの消失は緩やかで、被験者毎に1-コンパートメントモデルを当てはめて算出した半減期は投与量の増加とともに延長し、投与量1mg/kg注1)では2.4日、8mg/kgでは5.5日であった。
ハーセプチン添付文書より
コンパートメントモデルとは何ぞや?というところからのスタートでした。
分布容積とは、
見かけの分布容積とは,その血漿中薬物濃度を生じさせるために投与薬物総量の希釈に要する理論上の液体量のことである。
MSDマニュアルプロフェッショナル版より
理論上の液体量、つまり実測値ではないのだということを今更ながら知りました。
分布容積は薬物の投与量と血中薬物濃度から求めることができます。
例えば、水が入った水槽があるとします。
ここに10 gの薬物を溶かし、濃度を測定したところ5 g/Lになったとします。
このときの水の量は溶かした薬物の量を濃度で割って求めることができるので、 10÷5=2で2Lとなります。
ヒトの体内に置き換えてみると、 投与した薬物の量が10 g、血中薬物濃度が5 g/L、分布容積が2Lとなります。
組織移行性とは?
薬物動態では薬物の血中濃度に注目して体内での薬の動きを調べます。
ですが、薬物は細胞内(組織)にも分布する場合があります。
ヒトの体の水分量は体重の約60%といわれています。
体重60 kgのヒトを考えてみると、水分の体積は約36 Lとなります。
体内の水分は大きく細胞内液と細胞外液に分けられ、約1/3の12 Lが細胞外液(血液+間質液)となります。
60 kgで割ると、1 kgあたり200 mLとなり、分布容積がこの程度であれば薬物は細胞外液に存在する(組織に移行しない)と考えられます。
例えば、図①は少しだけ組織への分布がみられますが血中濃度のほうが濃い状態です。
ここで分布容積の定義を思い出してみます。
①の組織中濃度を血中濃度と等しくするには、組織の箱をギュッと小さくする必要があります。つまり、全体の容積が小さくなります。
逆に、図③は組織中濃度のほうが濃いため、血中濃度と等しくするには、組織の箱を大きく広げなければなりません。つまり、全体の容積が大きくなります。
分布容積が実測値ではなく見かけの容積であるというのはこのためです。
したがって、分布容積が大きいほど組織移行性が高いと考えられます。
添付文書で確認してみよう
ハーセプチンの添付文書によると、トラスツズマブとして1~8mg/kgを90分間点滴静注したときの血清中濃度と分布容積は、以下のとおり(数値はmean)。
- 1 mg/kg ⇒ Cmax:19 μg/mL、Vd:55 mL/kg
- 2 mg/kg ⇒ Cmax:43 μg/mL、Vd:49 mL/kg
- 4 mg/kg ⇒ Cmax:72 μg/mL、Vd:63 mL/kg
- 8 mg/kg ⇒ Cmax:177 μg/mL、Vd:51 mL/kg
投与量、血中濃度(Cmaxのmeanを用いる)から算出してみるとVdはだいたい合っています。
投与量1 mg/kgのとき、Cmaxは19 μg/mLなので単位をmgにそろえて1を0.019で割ると約52.6となり、ほぼVdの値になりました。
投与量2~8 mg/kgでも同様の結果が得られます。
また、添付文書に記載のとおり、投与量の増加による分布容積の変化は認められず、数値から組織移行性は低いことが分かります。
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